マナの月
「マナー」というものがよくわからなかったので、勉強してみた。
ざっと本を読んでみたところ、この手のフィールドは、
「心構え」に拠るところが大きいような気がした。
どうしてかと言えば、
以前は「必要以上のマナーなんて馬鹿らしい」と思っていた人間が、
今では、「これ、やれたほうがいいじゃないか」と思えてしまったからです。
私も、成長したな。そう思います。
「気くばり」というものを、素直に素晴らしいことだと
感じることができるかどうかだけが、最重要ポイントだと思います。
それは一見、「他人のため」ですが、本質的には、間違いなく、自分に返ってきます。
「いい人間関係」が築き上がります。いいことですね。
「スムーズに、出会った人を満足させてしまう」
そんなことができたら、ちょっとすごいと思います。いいなと思います。
とはいえ、打算は無用です。
相手の気持ちを考えて、できる限りのことを、やるだけですね。
それが、「しんどい」やら、「面倒」やら、「沽券に関わる」やら
そんな風に感じる人は、まだ時期尚早です。もしくは、
そんな必要もなく、それなりに生きていける人なのでしょう。
ただし、先ほども言いましたが、きっと、
「気くばりせずに生きていくことができる人」が「気くばり」をすれば、
とんでもない飛躍が待っていることだと、個人的には思います。
「スケルトンがみにくい話しかできない」
今日、卒業論文の口頭試問で教授からそう言われた私です。
読む人への気くばりができていないことを証明されました。
おいおい、頑張っていきます。
とにかく、今月は、「マナーの月」でした。
私の紳士レベルも格段に飛躍したことでしょう。
大いに参考になった本をあげておきます。
1冊目は、先日も紹介させていただいた小宮一慶さんの著書です。この方は、とてもまともな人ですので、読んでいて、気持ちが引き締まるというか、「しっかりしないとな」と、わが身を反省させてもらえるので好きです。
2冊目は、小宮一慶さんが推薦している本だったので、読んでみました。この本に関しては、余計な紹介分は無用です。なぜなら、名言が掲載されていたからです。
3冊目と4冊目は、同じシリーズです。一見、ポップなイラストと軽い言葉づかいで構成されているのですが、内容はしっかりとしています。このシリーズの本が、「多くの人にとって手に取りやすい本なのではないか」と、私的には思います。「マナー」が文章で構成されておらず、本というよりも、漫画を読む感じで、「マナー」を身につけることができるような、とってもうまい仕組みになっています。本嫌いの人にも、お勧めできる作品です。
最後の5冊目は、文庫本です。だから、「安い」という点でお勧めです。ですが、……「マナー大御所」っぽい人が書いた本なので、しっかりとした読み物です。とっつきやすさを排除した分、きっちりとした細かなマナーまで知ることができます。頼りがいのある本で、信頼感は抜群です。
まあ、1カ月ざっと読んでみたのは、こんな感じです。本とCDには膨大な出費をしてきたので、素人とはいえ、それなりに「いいもの」を選んでいるのではないかと思います。
それでは今日は、この辺で失礼いたします。
ざっと本を読んでみたところ、この手のフィールドは、
「心構え」に拠るところが大きいような気がした。
どうしてかと言えば、
以前は「必要以上のマナーなんて馬鹿らしい」と思っていた人間が、
今では、「これ、やれたほうがいいじゃないか」と思えてしまったからです。
私も、成長したな。そう思います。
「気くばり」というものを、素直に素晴らしいことだと
感じることができるかどうかだけが、最重要ポイントだと思います。
それは一見、「他人のため」ですが、本質的には、間違いなく、自分に返ってきます。
「いい人間関係」が築き上がります。いいことですね。
「スムーズに、出会った人を満足させてしまう」
そんなことができたら、ちょっとすごいと思います。いいなと思います。
とはいえ、打算は無用です。
相手の気持ちを考えて、できる限りのことを、やるだけですね。
それが、「しんどい」やら、「面倒」やら、「沽券に関わる」やら
そんな風に感じる人は、まだ時期尚早です。もしくは、
そんな必要もなく、それなりに生きていける人なのでしょう。
ただし、先ほども言いましたが、きっと、
「気くばりせずに生きていくことができる人」が「気くばり」をすれば、
とんでもない飛躍が待っていることだと、個人的には思います。
「スケルトンがみにくい話しかできない」
今日、卒業論文の口頭試問で教授からそう言われた私です。
読む人への気くばりができていないことを証明されました。
おいおい、頑張っていきます。
とにかく、今月は、「マナーの月」でした。
私の紳士レベルも格段に飛躍したことでしょう。
大いに参考になった本をあげておきます。
1冊目は、先日も紹介させていただいた小宮一慶さんの著書です。この方は、とてもまともな人ですので、読んでいて、気持ちが引き締まるというか、「しっかりしないとな」と、わが身を反省させてもらえるので好きです。
2冊目は、小宮一慶さんが推薦している本だったので、読んでみました。この本に関しては、余計な紹介分は無用です。なぜなら、名言が掲載されていたからです。
「お客様は神様です」なんて言葉、よく聞きますよね。でも、そんな風に考えていては、真の顧客満足なんて達成できません。だって、「神様」といった瞬間に、お客様の視点を持てなくなってしまうんです。誰が神様の満足なんて考えますか?――
3冊目と4冊目は、同じシリーズです。一見、ポップなイラストと軽い言葉づかいで構成されているのですが、内容はしっかりとしています。このシリーズの本が、「多くの人にとって手に取りやすい本なのではないか」と、私的には思います。「マナー」が文章で構成されておらず、本というよりも、漫画を読む感じで、「マナー」を身につけることができるような、とってもうまい仕組みになっています。本嫌いの人にも、お勧めできる作品です。
最後の5冊目は、文庫本です。だから、「安い」という点でお勧めです。ですが、……「マナー大御所」っぽい人が書いた本なので、しっかりとした読み物です。とっつきやすさを排除した分、きっちりとした細かなマナーまで知ることができます。頼りがいのある本で、信頼感は抜群です。
まあ、1カ月ざっと読んでみたのは、こんな感じです。本とCDには膨大な出費をしてきたので、素人とはいえ、それなりに「いいもの」を選んでいるのではないかと思います。
それでは今日は、この辺で失礼いたします。
近頃流行りの商売方法
「もしドラ」の爆発的ヒットから、早2年。同書で引用されていた、P.F.ドラッカーの『マネジメント』を、はじめて手にとってみました。
ちなみに僕は、「もしドラ」には興味がありません。あの手の商法が嫌いだからです。「あの手の商法」とは、漫画やアニメを利用する手口のことです。戦略としてはコマーシャルや広告と大差ないのかもしれませんが、「わざわざ萌えキャラを使ったり、オマケでカネを落とさせたり」、ほどほどならいいですが、ちょっと最近多すぎです。僕がかつて好きだったアニメも、いつからか、そのキャラを見かける度に、お金も一緒に見えるようになってしまったぐらいです。利用された広告も、利用した商品や企業も、本当に「残念」で仕方がありません。(「オタクアイドル商法」も同様に面倒です。)
話を戻します。――
『マネジメント』を一通り読んでみた感想は、「詩人」です。僕が「詩」と感じたことを、ピーター・F・ドラッカーさんは、「基本と原則」だと言っています。このふたつは、「真理」という糸でつながります。なぜなら、「素晴らしい詩人の詩」も「ドラッカーさんの基本と原則」も、「世の中の根本を見つめた視点」という点で、類似しているからです。(実際に、ドラッカーさんは、ソクラテスの言葉を引用したり、人生観や世界観を意味する「哲学」という言葉を使っています。)
と、いうことは――
この本は、ものすごく「抽象的」だということです。
多くの人に伝えるために、理解することができるように、抽象化せざるをえなかったのですが、それが故に、「解釈」という問題が起こってしまいました。読む人の能力次第で、読みとれるものが変わってくるということです。それは、僕が思うに、「読解力」というよりも、「実際の経験」の壁が、ここにはあるからです。
たとえ、本を読むことが得意な人がいたとしても、「マネジメント」という仕事を経験したり、身近で見る機会がない限り、この「抽象化された文章」を具体的なイメージに変換することが、とても難しいように思うのです。情けないとは思いますが、正直、僕にはそれほどイメージすることができませんでした。
でしたが、――
悔しさまぎれに、本屋で物色していたら、こんな本を見つけました。
小宮一慶さんは、どのレベルの人にも対応できる人で、「素人からプロまで、相手のレベルに合わせた説明ができる」という点を売りにしている、経営コンサルタントだと僕は解釈しています。そんな小宮さんですから、「もしドラ」がどれだけ流行ったとしても、「きちんと読みこめた人がどれだけいたのだろうか?」ということを考えたはずです。ましてや小宮さんは、20年来のドラッカーマニアです(たぶん)。
「読めるわけがない」
そう思ったはずです。少なくとも僕には、「すっきり理解した」とは言えませんでした。しかし、そんな僕でも、この本のおかげで、以前よりは消化不良のモヤモヤを減らすことができました。
『マネジメント―課題・責任・実践―』のダイジェスト版の『マネジメント―基本と原則―』。そのさらなるダイジェスト版である『ドラッカーが「マネジメント」でいちばん伝えたかったこと。』。本家を挫折した人には、こっちをオススメしときます。
『真摯さなくして組織なし』と言ったドラッカーさんは、近頃流行りの商売方法について、どのようなコメントをなさるのでしょうか。果たして「いい返事」をもらえるのでしょうか。
ちなみに僕は、「もしドラ」には興味がありません。あの手の商法が嫌いだからです。「あの手の商法」とは、漫画やアニメを利用する手口のことです。戦略としてはコマーシャルや広告と大差ないのかもしれませんが、「わざわざ萌えキャラを使ったり、オマケでカネを落とさせたり」、ほどほどならいいですが、ちょっと最近多すぎです。僕がかつて好きだったアニメも、いつからか、そのキャラを見かける度に、お金も一緒に見えるようになってしまったぐらいです。利用された広告も、利用した商品や企業も、本当に「残念」で仕方がありません。(「オタクアイドル商法」も同様に面倒です。)
A「なに? オマケじゃない?」技術革新が連れてきた場所は、商品自体に「差」がつくりにくい時代です。資本さえあれば、多くのものが、誰にでも複製ができる時代です。それを僕の好きな岩井克人さんは、こう表現しました。(岩井克人さんは、こんな人です。HPへのリンク)
B「何言ってんすか。こういうのは付加価値って言うんですよ」
『ポスト産業資本主義とは、差異性を意識的に創り出すことによって利潤を生み出していく資本主義の形態です』(岩井克人『会社はこれからどうなるのか』、2009、平凡社、P240)このことを考えると、マネできないぐらいの独自性がある会社じゃない限り、「何らかの釣り行為」でもしなければ、生き残れないのかもしれませんね。
話を戻します。――
『マネジメント』を一通り読んでみた感想は、「詩人」です。僕が「詩」と感じたことを、ピーター・F・ドラッカーさんは、「基本と原則」だと言っています。このふたつは、「真理」という糸でつながります。なぜなら、「素晴らしい詩人の詩」も「ドラッカーさんの基本と原則」も、「世の中の根本を見つめた視点」という点で、類似しているからです。(実際に、ドラッカーさんは、ソクラテスの言葉を引用したり、人生観や世界観を意味する「哲学」という言葉を使っています。)
と、いうことは――
この本は、ものすごく「抽象的」だということです。
多くの人に伝えるために、理解することができるように、抽象化せざるをえなかったのですが、それが故に、「解釈」という問題が起こってしまいました。読む人の能力次第で、読みとれるものが変わってくるということです。それは、僕が思うに、「読解力」というよりも、「実際の経験」の壁が、ここにはあるからです。
たとえ、本を読むことが得意な人がいたとしても、「マネジメント」という仕事を経験したり、身近で見る機会がない限り、この「抽象化された文章」を具体的なイメージに変換することが、とても難しいように思うのです。情けないとは思いますが、正直、僕にはそれほどイメージすることができませんでした。
でしたが、――
悔しさまぎれに、本屋で物色していたら、こんな本を見つけました。
小宮一慶さんは、どのレベルの人にも対応できる人で、「素人からプロまで、相手のレベルに合わせた説明ができる」という点を売りにしている、経営コンサルタントだと僕は解釈しています。そんな小宮さんですから、「もしドラ」がどれだけ流行ったとしても、「きちんと読みこめた人がどれだけいたのだろうか?」ということを考えたはずです。ましてや小宮さんは、20年来のドラッカーマニアです(たぶん)。
「読めるわけがない」
そう思ったはずです。少なくとも僕には、「すっきり理解した」とは言えませんでした。しかし、そんな僕でも、この本のおかげで、以前よりは消化不良のモヤモヤを減らすことができました。
『マネジメント―課題・責任・実践―』のダイジェスト版の『マネジメント―基本と原則―』。そのさらなるダイジェスト版である『ドラッカーが「マネジメント」でいちばん伝えたかったこと。』。本家を挫折した人には、こっちをオススメしときます。
『真摯さなくして組織なし』と言ったドラッカーさんは、近頃流行りの商売方法について、どのようなコメントをなさるのでしょうか。果たして「いい返事」をもらえるのでしょうか。
記憶の共有
今日は新年会をした。
人にはそれぞれ、違うものが与えられている。だから、友達に差はない。だけど、出会った時期でなら、明確に順番をつけることができる。保育園の頃、小学生の頃、中学生の頃、高校生の頃、大学生の頃、社会人になってから、――。
それぞれの節目ごとに共有した「時間、場所、記憶」が違う。小学生の時以来、全く会わなくなった友達もいるし、大学に入ってから出会った友達もいる。小さなころから、ずっと繋がっているような、珍し有難い友達もいる。
「昔の自分を知ってる友達」は、とても希少で、とても貴重なものだ。なぜなら、今日知り合った人とは、今日以降の時間の記憶しか、共有することができない。出会った時より向こう側の出来事しか、共有することができない。「知られたくない」ことがある人には、それはそれで素晴らしいことかもしれないけれど、それだけじゃ、いつまで経っても、「人との繋がり」はどうにもならない。
明日出会う人とも、きちんと時間を積み重ねていけば、この先で、多くのことを共有できる日が来る。そういう時間の積み重ねかたができる人を、僕はうらやましいと思う。だって、そうすることでしか、
人にはそれぞれ、違うものが与えられている。だから、友達に差はない。だけど、出会った時期でなら、明確に順番をつけることができる。保育園の頃、小学生の頃、中学生の頃、高校生の頃、大学生の頃、社会人になってから、――。
それぞれの節目ごとに共有した「時間、場所、記憶」が違う。小学生の時以来、全く会わなくなった友達もいるし、大学に入ってから出会った友達もいる。小さなころから、ずっと繋がっているような、珍し有難い友達もいる。
「昔の自分を知ってる友達」は、とても希少で、とても貴重なものだ。なぜなら、今日知り合った人とは、今日以降の時間の記憶しか、共有することができない。出会った時より向こう側の出来事しか、共有することができない。「知られたくない」ことがある人には、それはそれで素晴らしいことかもしれないけれど、それだけじゃ、いつまで経っても、「人との繋がり」はどうにもならない。
明日出会う人とも、きちんと時間を積み重ねていけば、この先で、多くのことを共有できる日が来る。そういう時間の積み重ねかたができる人を、僕はうらやましいと思う。だって、そうすることでしか、
賀正
みなさま、あけましておめでとうございます。
年の瀬に実家の手伝いに励んだおかげか、新年は気持ちのよい朝を迎えることができました。寝過ごすこともなく、寝不足でもなく、よい元旦でした。
それから――
先日、ブログに書いた「5枚1000円」のうち、2枚目と3枚目を観ました。
ここで、「名作」発見です!
その名は、『大奥』。
とてもいい作品です。漫画が原作であるんだと思いますが、その「軽さ」が絶妙でした。だいたい設定からしてムチャなので、だいたいのことが許せてしまいます。僕がこの作品を気に入った理由もソレです。
「シリアスにしない。説教しない。ロマンチックにしすぎない」
細かく言うと、僕は、シリアスな作品の方が好きです。教訓も好きです。ロマンも好きです。が、それだけに、「脇があまい」と観るのが嫌になります。「シリアスな雰囲気を作る。他人を説教する。ロマンをみせる」のであるならば、その分だけ、作品に対する要求が高くなってしまいます。娯楽として観れなくなり、芸術として観てしまうのです。
それに対して、ふざけた設定だと、気軽に観ることができます。笑えたらいいんです。言うなれば、心理バリアが一気に下がった状態で作品に接します。その隙を、『大奥』に、見事に突かれました。エンターテインメントとして、文句なしに面白かったです。
もう一枚は、『阪急電車』です。こちらは名作とまではいきませんが、普通におもしろかったです。序盤、一か所だけ入る「教訓的セリフ」だけが、ダルかったです。それだけ邪魔です。ライトノベル出身の作家が書いた作品が原作になっていたと思うので、その辺りは、中高生あたりに向けに書いているのかもしれません。でしたら、「ワンピースにまじめにケチをつける大人」が、微妙に思える僕としては、スル―したいです。子ども向けに書いているものに、大人の視点で批判するのは、筋が違いますので。
それを除くと、いい映画です。「電車の往復」で物語が作られている点などは、純粋に素晴らしいと思いました。時間に余裕のある方なら、普通におもしろく観ることができる作品だと思います。
そうそう、おみくじは「吉」でした。
今年は平凡な良い一年になりますように☆
年の瀬に実家の手伝いに励んだおかげか、新年は気持ちのよい朝を迎えることができました。寝過ごすこともなく、寝不足でもなく、よい元旦でした。
それから――
先日、ブログに書いた「5枚1000円」のうち、2枚目と3枚目を観ました。
ここで、「名作」発見です!
その名は、『大奥』。
とてもいい作品です。漫画が原作であるんだと思いますが、その「軽さ」が絶妙でした。だいたい設定からしてムチャなので、だいたいのことが許せてしまいます。僕がこの作品を気に入った理由もソレです。
「シリアスにしない。説教しない。ロマンチックにしすぎない」
細かく言うと、僕は、シリアスな作品の方が好きです。教訓も好きです。ロマンも好きです。が、それだけに、「脇があまい」と観るのが嫌になります。「シリアスな雰囲気を作る。他人を説教する。ロマンをみせる」のであるならば、その分だけ、作品に対する要求が高くなってしまいます。娯楽として観れなくなり、芸術として観てしまうのです。
それに対して、ふざけた設定だと、気軽に観ることができます。笑えたらいいんです。言うなれば、心理バリアが一気に下がった状態で作品に接します。その隙を、『大奥』に、見事に突かれました。エンターテインメントとして、文句なしに面白かったです。
もう一枚は、『阪急電車』です。こちらは名作とまではいきませんが、普通におもしろかったです。序盤、一か所だけ入る「教訓的セリフ」だけが、ダルかったです。それだけ邪魔です。ライトノベル出身の作家が書いた作品が原作になっていたと思うので、その辺りは、中高生あたりに向けに書いているのかもしれません。でしたら、「ワンピースにまじめにケチをつける大人」が、微妙に思える僕としては、スル―したいです。子ども向けに書いているものに、大人の視点で批判するのは、筋が違いますので。
それを除くと、いい映画です。「電車の往復」で物語が作られている点などは、純粋に素晴らしいと思いました。時間に余裕のある方なら、普通におもしろく観ることができる作品だと思います。
そうそう、おみくじは「吉」でした。
今年は平凡な良い一年になりますように☆
「素直な謝罪」と「正直なコメント」
『プリンセス・トヨトミ』を観た。――が、ちょっとまずい。
原作を読んだのは2年ぐらい前。(だと思う。)
あくまでも漫画として読みましたが、それでも、少し抵抗がある作品でした。
曖昧な批判ほど意味のないものはないと思うので、
ネタバレしない程度に、具体的に言います。
今の流行りは、「嫌なら観るな」ですか?
ふざけるな!
嘘です。僕も一応そう思います。
だから、映画化の広告を見た時は、スル―しました。
ところが、今日、お正月のお楽しみ用に、父親と映画を借りに行ったんです。
うちの地元は、「5枚で1000円」。
案の定、残りの2枚は、なかなか決められません。
A「原作を読んでから2年ほど経っていること」
B「いい役者が揃っている」
借りました。堤真一のかっこ良さに参りました。
家に帰ってから、さっそく1枚目に、トヨトミを観ました。
フライングですね。感想としては、
役者は完璧です。全員、魅力満載でした。
加えて、映像もきれいです。音楽もかっこいいです。
ですが、やっぱり、「真田と松平のやり取り」はムリでした。
抵抗がありました。
この感覚は、「大いに」個人の問題です。多くの方が、楽しんで観ておられます。
ですので、ファンの方や気分を害した方には、本当に申し訳ありません。
ここに素直な謝罪と正直なコメントを付しておきます。
原作、『鴨川ホルモ―』と『鹿男あをによし』が、私は大好きです。
原作を読んだのは2年ぐらい前。(だと思う。)
あくまでも漫画として読みましたが、それでも、少し抵抗がある作品でした。
曖昧な批判ほど意味のないものはないと思うので、
ネタバレしない程度に、具体的に言います。
フィクションなので、話がどこまでぶっとんでいても問題ありません。
ですが、僕にとっては、真田と松平のシリアスな会話のほとんどが
滑稽にしか感じることができなかった。
今の流行りは、「嫌なら観るな」ですか?
ふざけるな!
嘘です。僕も一応そう思います。
だから、映画化の広告を見た時は、スル―しました。
ところが、今日、お正月のお楽しみ用に、父親と映画を借りに行ったんです。
うちの地元は、「5枚で1000円」。
案の定、残りの2枚は、なかなか決められません。
A「原作を読んでから2年ほど経っていること」
B「いい役者が揃っている」
借りました。堤真一のかっこ良さに参りました。
家に帰ってから、さっそく1枚目に、トヨトミを観ました。
フライングですね。感想としては、
役者は完璧です。全員、魅力満載でした。
加えて、映像もきれいです。音楽もかっこいいです。
ですが、やっぱり、「真田と松平のやり取り」はムリでした。
抵抗がありました。
この感覚は、「大いに」個人の問題です。多くの方が、楽しんで観ておられます。
ですので、ファンの方や気分を害した方には、本当に申し訳ありません。
ここに素直な謝罪と正直なコメントを付しておきます。
原作、『鴨川ホルモ―』と『鹿男あをによし』が、私は大好きです。
なるべく近所で用事を済ませたいんです
天王寺MIOの本屋さんに行きました。
わりと大きい店なんですが、今日欲しかった本が1冊しかありませんでした。
乗換えが面倒だったので、横着をしてみたら、案の定コレです。
結局、また電車に乗って、JR難波のジュンク堂に行きました。
これを、「二度手間」と言います。
ジュンク堂では、欲しい本がちゃんとありました。
あれこれ手にとること3時間。
吟味の末に、「5冊」買うことができました。
少しの手間を省いて、余計な回り道をして、時間を使う。
これ、まことにイカンですね。
男たるもの、いきなり「目的」を果たせるとこに行かんと、イカン!
テンテン、テテン。 テケテン、…テン。
【落語】桂米朝 『夏の医者』
わりと大きい店なんですが、今日欲しかった本が1冊しかありませんでした。
乗換えが面倒だったので、横着をしてみたら、案の定コレです。
結局、また電車に乗って、JR難波のジュンク堂に行きました。
これを、「二度手間」と言います。
ジュンク堂では、欲しい本がちゃんとありました。
あれこれ手にとること3時間。
吟味の末に、「5冊」買うことができました。
少しの手間を省いて、余計な回り道をして、時間を使う。
これ、まことにイカンですね。
男たるもの、いきなり「目的」を果たせるとこに行かんと、イカン!
テンテン、テテン。 テケテン、…テン。
【落語】桂米朝 『夏の医者』
不思議なもの
久しぶりに「飲み会」に参加しました。
集まった名目は、所属しているゼミの「卒論お疲れ様」忘年会です。
最近は、お酒をあんまり飲んでいなかったので、ちょっとワクワクしてしまいました。どれぐらい飲んでいなかったかというと、「ビールに合う料理が出た時に、缶ビールを1本、母親と分けて飲む」程度でした。健全ですね。いいことですね。
――で、
久しぶりに居酒屋に行ったわけです。それも9人で。この「9」という数字は、なかなかすごいことなんです。なかなか伝わらないとは思いますが、ちょっと説明させてもらいます。
僕が所属しているゼミは、「学科の最下層の人間が集まった場所」です。たぶん、大げさじゃないと思います。なぜなら、担当教授が他校からの新任で、ゼミの選択時に得ることのできた情報は「写真が一枚と300文字程度の紹介分」のみでした。人柄も流儀もわからなかったんです。
当然、倍率的には不人気。
と、思いきや、ふたを開けてみれば、きっちり応募人数が募集人数を満たしています。
どういうことでしょうか? ゼミが始まると、その理由がわかりました。
A「すでに知っている、怖い教授から逃げるため」
B「新任だから、強くは出てこない」
この程度の志の人間の集まりでした。
それを納得できるように具体的な数字で表してみます。
14人のゼミのうち、最初の一年で2人が消えました。
1人はアメリカへダンスをするため。もう1人は、声優になるため。
欠席という生易しい減数ではなく、母体から減ってしまいました。
365日程度で、14人が12人になりました。
次に、この一年間の平均出席者数は「5人」。
授業の形式が「指定教科書の担当箇所を担当回に発表する」というものだったのが原因だったと思います。全員が、自分の担当しているプレゼン日と、その翌回のコメンテーター回を中心に、出席するだけでした。このようなことが容認された理由は、「就活」という抜け穴です。
ぬけぬけと、「法事」、とか言った奴もいました。
もちろん、本当かも知れませんが、性格が悪い僕には、「黒に近いグレー」にしか見えな――xxx
そんなこんなで、居酒屋であれ、ひとつの部屋にゼミの受講者が「9人」も集まるっていう景色は、「年に一度だけ見ることのできた景色」となりました。僕らの新任教授からすれば、「奇跡」だったと思います。毎回、教室に入ってくるなり血圧を上げ、天井を見上げ、出席している人間に、欠席している人間のことをブツブツ言っていた光景が、今となっては懐かしくもあります。
最後に、丁寧に描写しておきます。
居酒屋は7時からでした。
その2時間前の「5時」に、ゼミの授業がありました。
授業の段階では、出席者は6名。
居酒屋から顔を出すやつが2名。
こんないい加減な関わりあいでも、飲み会は大盛況。人間関係って、難しいようで、簡単なようで。丁寧に扱っても壊れるもので、雑に扱っても光るもので。これが「不思議」じゃなかったら、一体「不思議」とはなんぞや?
集まった名目は、所属しているゼミの「卒論お疲れ様」忘年会です。
最近は、お酒をあんまり飲んでいなかったので、ちょっとワクワクしてしまいました。どれぐらい飲んでいなかったかというと、「ビールに合う料理が出た時に、缶ビールを1本、母親と分けて飲む」程度でした。健全ですね。いいことですね。
――で、
久しぶりに居酒屋に行ったわけです。それも9人で。この「9」という数字は、なかなかすごいことなんです。なかなか伝わらないとは思いますが、ちょっと説明させてもらいます。
僕が所属しているゼミは、「学科の最下層の人間が集まった場所」です。たぶん、大げさじゃないと思います。なぜなら、担当教授が他校からの新任で、ゼミの選択時に得ることのできた情報は「写真が一枚と300文字程度の紹介分」のみでした。人柄も流儀もわからなかったんです。
当然、倍率的には不人気。
と、思いきや、ふたを開けてみれば、きっちり応募人数が募集人数を満たしています。
どういうことでしょうか? ゼミが始まると、その理由がわかりました。
A「すでに知っている、怖い教授から逃げるため」
B「新任だから、強くは出てこない」
この程度の志の人間の集まりでした。
それを納得できるように具体的な数字で表してみます。
14人のゼミのうち、最初の一年で2人が消えました。
1人はアメリカへダンスをするため。もう1人は、声優になるため。
欠席という生易しい減数ではなく、母体から減ってしまいました。
365日程度で、14人が12人になりました。
次に、この一年間の平均出席者数は「5人」。
授業の形式が「指定教科書の担当箇所を担当回に発表する」というものだったのが原因だったと思います。全員が、自分の担当しているプレゼン日と、その翌回のコメンテーター回を中心に、出席するだけでした。このようなことが容認された理由は、「就活」という抜け穴です。
ぬけぬけと、「法事」、とか言った奴もいました。
もちろん、本当かも知れませんが、性格が悪い僕には、「黒に近いグレー」にしか見えな――xxx
そんなこんなで、居酒屋であれ、ひとつの部屋にゼミの受講者が「9人」も集まるっていう景色は、「年に一度だけ見ることのできた景色」となりました。僕らの新任教授からすれば、「奇跡」だったと思います。毎回、教室に入ってくるなり血圧を上げ、天井を見上げ、出席している人間に、欠席している人間のことをブツブツ言っていた光景が、今となっては懐かしくもあります。
最後に、丁寧に描写しておきます。
居酒屋は7時からでした。
その2時間前の「5時」に、ゼミの授業がありました。
授業の段階では、出席者は6名。
居酒屋から顔を出すやつが2名。
こんないい加減な関わりあいでも、飲み会は大盛況。人間関係って、難しいようで、簡単なようで。丁寧に扱っても壊れるもので、雑に扱っても光るもので。これが「不思議」じゃなかったら、一体「不思議」とはなんぞや?
初体験
2500円のうな重を食べました。初めての経験です。結論から言うと、味はそんなに変わりません。タレの味付けは独特でしたが、好みの範疇を超えるまではいきませんでした。
結論から言うのは、何とも味気がないですね。過程が全部抜け落ちてしまいました。そういうのを、江戸ッ子や花魁からは「野暮」といわれます、たぶん。現代でも洒落者には「野暮」は禁物です。新自由主義の限界も見え、いくらか「効率化のブーム」が去って、野暮な人間が減っているような気がして、日本人として日本を見渡して、少しほっとしているところです。
それに引き換え、「小説や人生」は、まったく野暮なものではありません。なぜなら、「先がどうなるのかわからないドキドキ感」があります。もし、小説の帯や、赤ちゃんのへその緒に、結論が書いてあったら「手に取とってみようか」と思う人も少なくなるでしょう。
それから、「KONAMI」に行きました。常連さんから誘われたので、無料体験者として、利用してきました。個人的には、スキーをやってるような動きでトレーニングする機具が気に入りました。腕時計ほどのベルトに個人データを記録できるようになっていて、びっくり。年間の運動量や自分の身体測定が出来るようになっています。
その後は、スタジオでのトレーニングをしました。大きな音楽の中、リズムに合わせて、舞台上のインストラクタの動きを真似する運動です。クリスマスなんてなんのその、かなりの人がコナミで運動しています。運動している人は生き生きしていて、純粋に「美しいな」と思いました。これも「ヤボ」ったくありませんでした。
コナミを出ると、誘ってくれた友達が、「2万個売れるカレーパン」を食べさせてくれると言うので、連れて行ってもらいました。が、カレーパンは売り切れていたので、適当に好きなパンを選んで、お土産にしました。1日で2万個なのか、1か月で2万個なのか。それは聞いてないのでわかりません。晩御飯は、鉄板焼き屋さんでビールを飲みながらワイワイと。くだらない話が何よりもの調味料になり、普通の料理も全部おいしく感じました。
昨日は全部が初体験のものでした。未体験のものに、当たり外れはあって当然です。ですが、一緒に行く相手次第で、当たりになる確率がグンと上がります。「持っている情報の豊富さ、感性が似ているかどうか、一緒にいておもしろいかどうか」など、いろんな要素によって変わってきます。そういったものを繋いで出来た関係を、「相性」と呼ぶのです。
結論から言うのは、何とも味気がないですね。過程が全部抜け落ちてしまいました。そういうのを、江戸ッ子や花魁からは「野暮」といわれます、たぶん。現代でも洒落者には「野暮」は禁物です。新自由主義の限界も見え、いくらか「効率化のブーム」が去って、野暮な人間が減っているような気がして、日本人として日本を見渡して、少しほっとしているところです。
それに引き換え、「小説や人生」は、まったく野暮なものではありません。なぜなら、「先がどうなるのかわからないドキドキ感」があります。もし、小説の帯や、赤ちゃんのへその緒に、結論が書いてあったら「手に取とってみようか」と思う人も少なくなるでしょう。
それから、「KONAMI」に行きました。常連さんから誘われたので、無料体験者として、利用してきました。個人的には、スキーをやってるような動きでトレーニングする機具が気に入りました。腕時計ほどのベルトに個人データを記録できるようになっていて、びっくり。年間の運動量や自分の身体測定が出来るようになっています。
その後は、スタジオでのトレーニングをしました。大きな音楽の中、リズムに合わせて、舞台上のインストラクタの動きを真似する運動です。クリスマスなんてなんのその、かなりの人がコナミで運動しています。運動している人は生き生きしていて、純粋に「美しいな」と思いました。これも「ヤボ」ったくありませんでした。
コナミを出ると、誘ってくれた友達が、「2万個売れるカレーパン」を食べさせてくれると言うので、連れて行ってもらいました。が、カレーパンは売り切れていたので、適当に好きなパンを選んで、お土産にしました。1日で2万個なのか、1か月で2万個なのか。それは聞いてないのでわかりません。晩御飯は、鉄板焼き屋さんでビールを飲みながらワイワイと。くだらない話が何よりもの調味料になり、普通の料理も全部おいしく感じました。
昨日は全部が初体験のものでした。未体験のものに、当たり外れはあって当然です。ですが、一緒に行く相手次第で、当たりになる確率がグンと上がります。「持っている情報の豊富さ、感性が似ているかどうか、一緒にいておもしろいかどうか」など、いろんな要素によって変わってきます。そういったものを繋いで出来た関係を、「相性」と呼ぶのです。
みかんとアニメ
みかん。
最近は、みかんをよく食べています。どうしてかというと、こないだ山に登ってきたことに関係があります。
先日、大阪の千早赤阪村にある「金剛山」っていう山に登りました。山に登るのは久しぶりだったんですけど、小栗旬くんが出てる「岳」っていう映画と、新田次郎さんの「剱岳」っていう小説の映画を連チャンで観たことで、意気揚々としてしまい、登ってきました。
僕が行った日は、五合目ぐらいからちらほらと雪が見え始めて、八合目を過ぎた辺りはもう、雪景色でした。アイゼンをつけて、ザクザク歩いていきました。アイゼンはmont-bell(モンベル)でいいのが売ってますよ。着脱がすごく簡単で、見た目もバッチリオシャレです。
金剛山の標高は1,000メートルちょっとなんですが、なかなかの山道というか、階段続きで、慣れてないと結構きついと思います。とはいえ、「山ガール」から「山カップル」まで、いい感じにいましたね。もちろん、無敵のおばあちゃんも、疲れ知らずの子どもいました。あれ見るたびに、ほんとにびっくりします。間違いなく、「継続の力なり」の賜物でしょう。
頂上からは、ミニチュアみたいな町を見下ろして、熱いコーヒーを飲みました。これが何とも言えず、おいしかったんです。木もね、枯れ木とか、緑が全部雪に包まれて白くなってるのとかです。その日の雪は、粒が大きめで、ほんとにお菓子にありそうな雪でした。帰り道では、山で採れた野菜とか果物を売ってる店で、みかんを買いました。それから、今年は、家でみかんばっかりになりました。「おかげ」なのか、わかりませんが、体の調子もいい感じがします。酵素とか、関係あるのかな? まあ、気のせいでもいいです。人は「気」からできてるので、基本、気のせいの方が効果があるんじゃないかって思っています。
アニメーション。
『とらドラ!』っていうアニメのOVAを見つけたので、観てしまいました。久しぶりの高須くん、やっぱりこのアニメはおもしろかった。
もとはと言えば、「オンラインゲームで仲良くなった人が好きだったから」って理由で見始めただけなんですけど、その人に完全に影響されましたね。このアニメには、ヒロイン的な女の子が3人いるんですが、その中で一番人気のある「アミちゃん」の声の人が、僕の好きなゲームで使っているキャラと同じ声の人なんですよね。通称“キタエリ”。だからと言って、僕までがアミちゃん派ということにはなりませんよ。このアニメで言えば、僕は「担任の先生」が一番好きですね。独身、三十路、指導科目:英語。

僕がハマってるゲームのキャラ、
スパ4、ジュリに興味がある方は、こちらからご覧になれます。
「せんとす」さんという方が『SUPER STREET FIGHTER4』の実況プレイしてくれています。ちなみに、私、彼の隠れファンです。何といっても、笑い方と庶民的なところがたまりません。
最近は、みかんをよく食べています。どうしてかというと、こないだ山に登ってきたことに関係があります。
先日、大阪の千早赤阪村にある「金剛山」っていう山に登りました。山に登るのは久しぶりだったんですけど、小栗旬くんが出てる「岳」っていう映画と、新田次郎さんの「剱岳」っていう小説の映画を連チャンで観たことで、意気揚々としてしまい、登ってきました。
僕が行った日は、五合目ぐらいからちらほらと雪が見え始めて、八合目を過ぎた辺りはもう、雪景色でした。アイゼンをつけて、ザクザク歩いていきました。アイゼンはmont-bell(モンベル)でいいのが売ってますよ。着脱がすごく簡単で、見た目もバッチリオシャレです。
金剛山の標高は1,000メートルちょっとなんですが、なかなかの山道というか、階段続きで、慣れてないと結構きついと思います。とはいえ、「山ガール」から「山カップル」まで、いい感じにいましたね。もちろん、無敵のおばあちゃんも、疲れ知らずの子どもいました。あれ見るたびに、ほんとにびっくりします。間違いなく、「継続の力なり」の賜物でしょう。
頂上からは、ミニチュアみたいな町を見下ろして、熱いコーヒーを飲みました。これが何とも言えず、おいしかったんです。木もね、枯れ木とか、緑が全部雪に包まれて白くなってるのとかです。その日の雪は、粒が大きめで、ほんとにお菓子にありそうな雪でした。帰り道では、山で採れた野菜とか果物を売ってる店で、みかんを買いました。それから、今年は、家でみかんばっかりになりました。「おかげ」なのか、わかりませんが、体の調子もいい感じがします。酵素とか、関係あるのかな? まあ、気のせいでもいいです。人は「気」からできてるので、基本、気のせいの方が効果があるんじゃないかって思っています。
アニメーション。
『とらドラ!』っていうアニメのOVAを見つけたので、観てしまいました。久しぶりの高須くん、やっぱりこのアニメはおもしろかった。
もとはと言えば、「オンラインゲームで仲良くなった人が好きだったから」って理由で見始めただけなんですけど、その人に完全に影響されましたね。このアニメには、ヒロイン的な女の子が3人いるんですが、その中で一番人気のある「アミちゃん」の声の人が、僕の好きなゲームで使っているキャラと同じ声の人なんですよね。通称“キタエリ”。だからと言って、僕までがアミちゃん派ということにはなりませんよ。このアニメで言えば、僕は「担任の先生」が一番好きですね。独身、三十路、指導科目:英語。

僕がハマってるゲームのキャラ、
スパ4、ジュリに興味がある方は、こちらからご覧になれます。
「せんとす」さんという方が『SUPER STREET FIGHTER4』の実況プレイしてくれています。ちなみに、私、彼の隠れファンです。何といっても、笑い方と庶民的なところがたまりません。
冬のきびしさと、それを補ってくれるもの
「こんなに入れたの?」
「麺入れてって言ったやん」
「全部入れたの?」
「麺入れてって言ったから、麺入れたんやんか」
ちゃんこ鍋のダシがね、足りなくなったんです。
やっぱり麺は、最後に入れないと。
おいしかったー。
その後の今日の星は格別。いいランニングになった。
鼓みたいな、砂時計みたいな、台形をふたつ、てっぺん同士でひっつけたみたいな形のやつ。他にもいろいろ光ってるんやけど、個人的にいつもそれに目がいくみたい。だから、今のところ、どんなに輝いていても、他の星には用がない。
言葉で表現するのが難しいことってありますよね?
たとえば、めっちゃきれいな空を見つけた時。
「めっちゃきれい!」でいくか、カメラを使うか。
でも、文学愛好家としては、この景色を、『「どう」むっちゃきれかったのか』表現したくなる。
素直に書くと、青というか紺というか、そんな色の空に、星が揺れてるだけの空。それでも、なんか、見てるとすっきりする。
ドーンとしたダイナミックな印象を伝えるのが「前者」の表現の仕方で、細やかな感情まで伝えようとするのが「後者」の表現の仕方。どっちにもいいところがある。どっちかを貫いてもいいし、状況に応じて使い分けてもいい。
だけどね、個人的には、文章だけで表現したい。
写真には完ぺきな情報がぎっしり凝縮されてる。正確に伝えることができる。光とかレンズの屈折を利用したら、トリックも作れる。素晴らしい機械やと思う。それに比べると、文章は正確じゃない。書く人の影響をモロに受ける。カメラに勝る点と言えば、「ペンと紙さえあったら作れる」ことと、「非現実な表現をつくれること」。
利便性と空想性です。
書き手の「非現実な表現」を、受け手が理解した場合どうなりますか?
「非現実的なものが、現実に存在する人に影響を与え、現実化する」ことになります。それが私にとっての、文章の魅力です。事柄によっては、無理をしない文章で、無理やり読み手を「飛ばしたい」と思っています。とはいっても、根本的にはシンプルな表現が好きです。
「まあ、きれいな夜空でしたよ」
「麺入れてって言ったやん」
「全部入れたの?」
「麺入れてって言ったから、麺入れたんやんか」
ちゃんこ鍋のダシがね、足りなくなったんです。
やっぱり麺は、最後に入れないと。
おいしかったー。
その後の今日の星は格別。いいランニングになった。
鼓みたいな、砂時計みたいな、台形をふたつ、てっぺん同士でひっつけたみたいな形のやつ。他にもいろいろ光ってるんやけど、個人的にいつもそれに目がいくみたい。だから、今のところ、どんなに輝いていても、他の星には用がない。
言葉で表現するのが難しいことってありますよね?
たとえば、めっちゃきれいな空を見つけた時。
「めっちゃきれい!」でいくか、カメラを使うか。
でも、文学愛好家としては、この景色を、『「どう」むっちゃきれかったのか』表現したくなる。
素直に書くと、青というか紺というか、そんな色の空に、星が揺れてるだけの空。それでも、なんか、見てるとすっきりする。
ドーンとしたダイナミックな印象を伝えるのが「前者」の表現の仕方で、細やかな感情まで伝えようとするのが「後者」の表現の仕方。どっちにもいいところがある。どっちかを貫いてもいいし、状況に応じて使い分けてもいい。
だけどね、個人的には、文章だけで表現したい。
写真には完ぺきな情報がぎっしり凝縮されてる。正確に伝えることができる。光とかレンズの屈折を利用したら、トリックも作れる。素晴らしい機械やと思う。それに比べると、文章は正確じゃない。書く人の影響をモロに受ける。カメラに勝る点と言えば、「ペンと紙さえあったら作れる」ことと、「非現実な表現をつくれること」。
利便性と空想性です。
書き手の「非現実な表現」を、受け手が理解した場合どうなりますか?
「非現実的なものが、現実に存在する人に影響を与え、現実化する」ことになります。それが私にとっての、文章の魅力です。事柄によっては、無理をしない文章で、無理やり読み手を「飛ばしたい」と思っています。とはいっても、根本的にはシンプルな表現が好きです。
「まあ、きれいな夜空でしたよ」
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